期待はずれ
「親にファミリーコンピュータが欲しいとねだった、もしくは親が良かれと思って与えてくれた が、実際に買ってくれたり与えてくれたりしたものはまったくの期待はずれの別のものであった」
という話は、1980年代半ばくらいから現在に至るまで、友人との会話やツイッタ、ネット日記などでみかけることがありますな。1980年代当時ならばともかく、いまはすでに40を超えているであろうおっさんがこの手の話の結論として「いまだ親を恨んでいる」「買い与えてくれた別のものに恨みをもった」などというのは、いささか甘ったれすぎているようにも思えますが、けれど心のどこかで気の毒ではあるような気もします。
さて、この「別のもの」でございますが。自分の体感で申し上げますと何故か「ぴゅう太」が多い。次いで「セガ」もしくは「セガのファミコン」。ちょっと珍しいのは「シンクレアZX-81」、これは中学のときの友人の話で、遊びにいってみるとテレビの上にZX-81が鎮座ましましておりました。当時は単に小さいなあとしか思わなかったですが、いま思えばなんとも可愛らしいコンピュータですな。
腑に落ちぬ
親御さんが「ファミリーコンピュータ」と耳にして。子どもに買い与えようと、「ファミリーコンピュータ」を探し、コンピュータの語感から「ぴゅう太」へと目がうつり、さらに安売りがされていたとなれば。まだコンピュータゲームは、マニアもしくは不良だけが遊ぶものと思っていた人のほうがはるかに多かった頃ですから。「ファミリーコンピュータ」も「ぴゅう太」も区別がつかず、安いしこれでよかんべと子どもへのお土産に買っていくという様子も想像するに容易いです。しかし自分は以前から、この流れでひとつ腑に落ちないことがあります。
とりせん
それは、いくら安売りされていたであろうとはいえ。定価59,800円の「ぴゅう太」が、定価14,800円の「ファミリーコンピュータ」と比べて「これなら安い」と思えるような金額にまで果たして安売りされていたのであろうかという点です。「ファミリーコンピュータ」とほぼ同時に発売された「ぴゅう太Jr.」が定価19,800円。その一年後、「ぴゅう太mkⅡ」が定価29,800円で新たに発売されています。小売店で値引き額を決めるにしても、14,800円からほとんど値引きのされなかった「ファミリーコンピュータ」と比べて「こっちのほうが安い」と大人が飛びつくほどの安売りがされていたとは思いづらいのです。実際に自分がこの目でみた「ぴゅう太」のもっとも安い値段は10,000円。しかもそれは西暦2000年ごろ、群馬県群馬町のショッピングセンターに軒を連ねていた玩具屋さんが廃業前の倉庫整理ということでの金額でした。
また、もし価格だけで親御さんが飛びついたとするならば。学研の「TVボーイ」は定価8,800円、「カセットビジョンJr.」は定価5,000円であり、こちらに飛びつくのではないかと思うのです。実際のところ、このふたつのマッシーンのいずれかを「ファミリーコンピュータ」の代わり、もしくは勘違いをして親が買ってきたという話は目にしなくもないですが。けれどやはり「ぴゅう太」の話のほうが目にする機会は多いです。
商品名称が記憶に残りやすい、印象が強い、だから話を面白くしようとして「ぴゅう太」の名をだしてみた、ということも考えられます。もっとも「ぴゅう太」の名をだそうがどうしようが、そんな話がそもそも面白いわけもないですが。
暗く燃え上がる炎のように
「セガ」「セガのファミコン」につきましては。やはり「ファミリーコンピュータ」最大のライバルにして、子どもたちの「ファミリーコンピュータ」にとって代わる可能性のあるものの最右翼。セガファンの暗く静かに、しかし激しく熱く燃え上がる情熱を背負っていればこそ、愛する子どものためにと「ファミリーコンピュータ」を買おうとした親御さんのその胸にいつの間にやら「SG-1000」や「マークⅢ」が抱かれていたとしても、あまり不思議はない気がします。が、「SG-1000」などは定価15,000円。「ぴゅう太Jr.」と同じく「ファミリーコンピュータ」と真っ向勝負のマッシーンであり、そもそもコンピュータゲームというものに不慣れな親御さんが「ファミリーコンピュータ」と間違えて買ったとしてもさほど不思議はないように思えます。
違う理由
親御さんにおねだりをしてみたはいいが「ファミリーコンピュータ」と間違えて「ぴゅう太」を買われてしまった、という話におけるその間違えた原因について、どうにも安売りだの金額だのがその理由である可能性は薄いと自分は考えます。では他になにか理由があったのか。
「ぴゅう太」の販売における主な流通の道筋は、玩具のものが使われていたそうです。すでになくなってしまってはいますが特に船橋そごうにおける玩具売場は「ぴゅう太」関連の商品が充実していました。当時、売り場のお姉さんも「ぴゅう太に関するものならうちに絶対に買いに来てね、発売されたらすぐ入荷するから、うちが絶対に一番早いんだから」と仰っておられました。実際には東京ディズニーランド内にあったトミーのお店のほうが早かったのかもしれませんが、このお姉さんはとにかくすごい自信でした。「おもちゃのお客さんってみんな子どもたちで、すぐに大きくなって違うものに興味でて、お店に来てくれなくなるのが寂しいよね」などと話していたのがとても印象深いです。
有楽町で逢いましょう
さて、そごうといえば。有楽町にもありました。もしかしたらすでに知らない方もおられるかもしれませんが、いまビックカメラのあるあの場所に有楽町そごうがあったのです。大手町からも銀座からも近い、有楽町です。余計な話ですが、自分はこの有楽町そごうで「ざます」という言葉を使うおばはんを初めてみました。「まあ大衆的ざますわね」と一階の人混みのなかでたしかにそう言っていたのです。それはともかく、大事なのは大手町と銀座に近い立地であるということ。「ぴゅう太」や「ファミリーコンピュータ」が発売された1980年代前半ごろは、贈り物といえば百貨店で買うものだという意識が世間にまだ残っていた頃です。
「ぴゅう太」の名付け親の人から教えて頂いた話なのですが、銀座の博品館にて「ぴゅう太」が扱われていたことがあるそうです。歴史が深く、名のある玩具店であり、いかにも銀座に遊びにいったり飲みにでかけることを誇るような人たちの喜ぶであろうお店です。
愚考
あいも変わらずの、足りない脳での足りない考察ではありますが。大手町や新橋近辺で働いているお父さんたちが子どもへのプレゼント、クリスマスや誕生日を用意しようとしたときに。百貨店や博品館へと足を運ぶのは想像に難くないですね。あるいは飲み屋に入ってから、部下に「あーチミチミ、ボクのね、子どもにね、あのほら、ファ、ファ、今夜はこの店のママとファ、ファファファファ、うーん、ファ、コン、ピュ、あ、コンピュータだ、うん、チミ、ちょっと閉まる前に博品館でコンピュータ買ってきてよ、ね、子どもへのプレゼントなんだから、領収書ももらってきてね」などと頼んでいたかもしれません。そして、そごうなり博品館なりの売り場にて、コンピュータゲームにただでさえ不慣れな人間が、しかも場合によっては酔いながら、「コン、コン・・・、ドーム、もといコンピュータ、ピュータください」などとなれば、「ファミリーコンピュータ」が「ぴゅう太」となってしまうのも道理かなあと。そして、この作文が極端ではあるにしても。当たらずとも遠からずな理由にて、「ファミリーコンピュータ」をおねだりしたら「ぴゅう太」を買われてしまった、という話に繋がるのではないかなと愚考致します。
てめえで稼いで買えや
しかしですな。そもそもおねだりなどせずに。本当に欲しいものならば、自分の力で金を稼いで、自分で買いさえすれば。間違えずに「ファミリーコンピュータ」を買うことができたのではないでしょうか。自分は59,800円の「ぴゅう太」を当時、買えました。ならば14,800円の「ファミリーコンピュータ」を自力で稼いで買うことは、どなたも充分に可能だったでしょう。もしくは、せめて買ってくれた親御さんを恨むのではなく、感謝なさられたほうがいいと自分は思うのです。愛する子どものために、間違ったとはいえ高価なものを買ってくれたのですから。まさか40超えて、親御さんのその心遣いやお気持ちが理解できないわけもありますまい。
賞品・景品
ところで。百貨店に置かれていたということは、もうひとつ考えられる可能性があります。ゴルフ賞品などになっていたことです。自分としてはいろいろと思うところもありますが、ともかく賞品、景品の選び方ひとつにあちこちのメンツが関わり、そこをしくじれば担当の人間の身に危険が及ぶ世界もあります。その点、百貨店などに置かれているものはすでにその時点である程度の目利きがなされているわけです。値切りも用意できる賞品の質にもろに関わってきますが、だからといって流通の根っこである問屋にはケツ持ちがいるのも当たり前であり、同業同士でぶつかるわけにもいかず。となれば、少なくともあの当時は百貨店の外商などがもっとも安価に品を入手する手段のひとつでありました。
ゴルフ賞品で手に入ったのが「ぴゅう太」で、それをお子さんに渡していた可能性もあるかと思います。実際、自分の叔父貴は「ファミリーコンピュータ」を発売と同時にそれで手に入れてきました。しかし、発売前から「ゲームセンターそのまんまにみえるドンキーコングが遊べる」などと話題にのぼっていた「ファミリーコンピュータ」とはいえ。発売日に賞品として持ってきたというのは、賞品選びの目利きが素晴らしかったのかどうなのか。