黙らんかースグル
今から33年ほど前、泣きボクロでボーイッシュな感じのする女の子が出場する漫画がございました。どちらかというと漫画の中では主人公の一人であるところの、長い髪の毛で大人っぽい感じの女の子のほうが好みだったような気もしますが。正直、あんまり気にもとめておりませんでした。何故ならば。当時というか今もあんまり変わりませんが、自分や身の回りの連中にとってやはり漫画といえば『キン肉マン』であり。1985年ごろといえばキン肉星王位争奪戦の真っ最中。キン肉アタルがその命を賭して、弟であるキン肉マンに叫び伝えた「キン肉王家3つの心得」を、キン肉マンと共にしかと自身の胸に刻み込み。友情のトライアングルに涙し。しかし基本が残虐超人である馬鹿中学生男子どもでありますから、なかなか素行が正義超人のように品行方正とはいきませんな。
大きな目
その頃、任天堂から発売されたファミリーコンピュータにはどんどんサードパーティ製のソフトウェアが増え始め。品薄であった本体も徐々に入手する連中が多くなり。たまに何人かで「今日はあいつの家で」などと押しかけてファミリーコンピュータを楽しく遊んだりすることがございました。自分はもちろん「ぴゅう太」が好きではありましたが。ファミリーコンピュータのゲームもまた大好きで。その日も学校の休み時間にて「今日はお前んちな」とみんなで遊びにいく話をし、自分が大好きな『デビルワールド』を持っているやつが「俺もカセット持っていくぜ」というのでわくわくしておりました。
そこへ。先述の漫画の女の子によく似ていて、それに加えてさっぱりとした性格で男子に人気のあったボーイッシュで泣きボクロで大きな目をした女の子が自分に話の輪から引っ張りだし、耳打ちしてきました。
「今日さ、大杉んちにいっていい? あたしファミコンより、あんたんちのぴゅう太のほうが好きなんだよね」
この1年くらい前、まだファミリーコンピュータが品薄だった頃。たしかに男子どもに混じって、その女の子ともう一人の女の子が二人でよく自分の家に遊びに来ておりました。そして「ぴゅう太」のゲームに夢中になっていたのです。しかし困りました。何故なら自分は『デビルワールド』が遊びたかったからです。
押しに弱い
「ファミコン難しい、ぴゅう太のほうが好きだなー」
という言葉はこの女の子から幾度となく聞いてはいましたし。
「みんながファミコン遊びにいくなら、大杉んちにあたし行けばぴゅう太はあたしの独占じゃん」
という理屈もやはり何度か耳にしておりました。しかし何故か、自分は気が進まないのでした。やはり女の子、特にこの子と二人きりというのは、言葉に出来ず理屈は分からずとも、なんとなく抵抗があったのでしょう。ともかくこの女の子の、東京のすぐ近くとはいえ漁師町である土地の乱暴な方言混じりではあるけれど、しかしはきはきと切れ良くさっぱりとした物言いと、いまでもよく覚えておりますキラキラっとした大きな目でなにか言われてしまうと。このとき、大げさでもなんでもなくすでに自分は「間抜けさはいまのまま変わらねえだろうけど。てめえの人生後ろ暗いもんになるだろう。大手振ってお天道さま拝めんのもせいぜいが今のうちであろう」と予感というより確信をしていたものでありますから。この女の子の、その天性のものであろう明るさや振る舞いが、どうにもまぶしく感じて。「いいだろ、なあ、よう、いいよね」と言いながら、まるで男子同士のように体をくっつけてくるその押しに、「まな板だなあ、てめえ」などという憎まれ口さえ叩けず。完全に根負けしてしまったのを覚えています。というより、このときのことをよく覚えている一番の要因は、『デビルワールド』を遊べなかった悲しさゆえなのでありますが。
黒いカチューシャ
他の連中にみつかると、なにせ中学生のことでございますから。「あ、二人きり、付き合ってる、うぎょんひょ」などとわけのわからないことを噂されるならまだしもその場で、不可思議な振り付けとともに大声で叫ばれること必至でしたので。
「俺はあっち行かねえで家にいっから。あんたはみつからねえように裏のほうからこいや」
幸か不幸か家の中には誰もおらず。自分が帰宅してしばらくしてから、女の子がやってまいりました。自分の部屋の窓をコンと叩いて、玄関を開けて入ってきた女の子をみてぎくりとしたのも、またよく覚えております。というのも、放課後にみんなで集まって遊ぶときというのは男女ともに大抵がジャージ、もしくは制服の上着を脱いでシャツ(女の子はリボンとスカートという格好)なのが常でありましたから。そのときのその子の格好は、自分はファッションに疎いのでうまく説明できませんが、とにかくカッコいいというか可愛いというか、黄色っぽかったような白かったような、スカートはいて、普段の休みの日にみる半ズボンなどの私服ともまた違った感じで、そこへもってきて黒っぽいカチューシャをつけていてこれが死ぬほどよく似合っていて、こいつ葬式か結婚式にでも行く途中なのかなと思いました。
「どこで着替えてきたんだよ、まさか学校?」
と聞きました。その子の家はちょっと離れた元町にある、着替えをしてからじぶんのうちにくるにはもっと時間がかかるはずだったからです。
「学校で着替えてこれるかボケが、親戚んとこでだよ」
そう言われて。駄菓子とパンが一緒に売っている店が近所にあり、そこがその子の親戚の家であることを思い出しました。今も当時も、なぜわざわざ着替えてきたのか不思議であり疑問ですが、それ以上は聞きませんでした。かったるかったからです。
ゴム製品大活躍
「マリオ面白いけどさあ、あれ難しすぎだよね、『ドンパン』のほうが好き」
発売されたばかりで大人気の『スーパーマリオブラザーズ』と『ドンパン』を同列に論じることができるとは。いま思えば、なんと自由なゲームの楽しみ方をする人だったのだろうと思います。もしゲーム屋になっていれば、きっと楽しいゲームを作っていたのではないでしょうかね。
「あ、あ、ノコギリザメきったねえ、大杉、海の面だけやってよ」
とジョイコントローラを渡されて、仕方なく海の面をクリア致しますと。「やっぱ持ち主はうめえな、やりかた教えて」などと言われましたので。お調子ぶっこいて、「海の面ではドンパンの移動できる縦の範囲が他の面に比べて狭くなっから。下キー押してドンパンをあまり跳ねさせないようにして、ノコギリザメを避けるときもちょっと後ろに下がるだけにしとくんだよ。そうすっとカラスや別のノコギリザメの攻撃に自分から当たりにいってしまうことはねえだろ」というような感じで説明しました。
そっと、重ね合わせる
「ねえ、これなに」
とPC-8001mk2SRを指差し、問われましたので。「それは麗しのコンピュータであるところのPC-8001mk2SRでありまして、300×200ドット8色のグラフィック画面を2枚重ね合わせ可能ですごい」と答えましたところ、「ふーん」というてめえからふっといて興味一切なっしんぐな返事をされ、こ、このアマと思った記憶がわりと鮮明にあります。
外に、外に出して(ワニを)
「おい、ワニが家からどかねえよ、なんだよこれ」
と、その子が憤慨しながら『フロッガー』を遊んでいて。ワニが家からどかずに時間切れでカエルが死んだとこをみて爆笑してしまいました。
玉を転がし、弄び
「大杉、これまた10面までやってみせろよ」
『Mr.Do!』を遊べというので、ご要望どおりに致しましたところ。「うわ、はええ、こんなはええのよく遊べるなおい」と大笑い、大はしゃぎしてくれたのはなんだか嬉しかった記憶があります。
思いっきりぶっかけて
「またオジャママンにぶつかったよ、どうしても2万点いかねえなあ、どうすんだよこれ」
と『ボンブマン』を遊びながらまた憤慨しているので。「オジャママンは画面の端っこからでてくんだからよ、なるべく画面の真ん中陣取るようにしてよ、爆弾の火を消すときは、真ん中から左側の爆弾なら右側から、右側の爆弾なら左側から水をぶっかければいい。そうすっとオジャママンが急にでてきても、向いてる方向からくれば消火の水でオジャママンぶっ殺せるし、逆からくれば逃げる余裕あんだろ」と教え申し上げました。
無心に遊び、楽しそうに笑う顔
「なー、これー、これ遊びたいんだよなー、これー」
ロードがなかなか成功しないので時間ばかり食ってしまうため、本棚の奥にしまって置いたカセットテープソフトを勝手に物色してみつけやがりました。『ねずみのチーズ取りゲーム』がこの子のお気に入りなのは知っていましたが、とにかくロードに時間がかかる。ロード失敗するかもだから、時間かかるから、そしたらあきらめろ、みたいなことを言って念を押して。そのロードの12分間、さてどうするかと思ったのを覚えています。
自分は人様と何気ない話をするのが苦手で、それは趣味の話についても同様であり、ましてこの女の子と、しかも当時の自分の度肝抜くようなかっこうをされてて、カチューシャつけてて、そんなん目の前に12分間。普通に話せるかなあと思いましたが。話をするというか、その内容は忘れましたが、向こうが勝手に話してくれるので助かりました。『ねずみのチーズ取りゲーム』は無事にロード成功し、その子が楽しく遊べたので。まあ、よかったかなと思いました。単純な操作、単純なゲームルール、愛らしい絵、どれもが好きだったのでしょう。なんというか、他のゲームでもそうでしたが、無心に笑って遊ぶ彼女の顔が、なんだか可愛らしく思えました。
「また遊びきていいよね」
と帰り際に言われ。たしかうなずいたと思うのですが。実際のところ、記憶の限りだとこの子が一人で遊びにきたのはこれが最初で最後となりました。そのあと少ししてから、彼女が学校にあまり姿をみせなくなってしまったからです。
どうか健やかに
家に複雑な事情があるのもなんとなくは聞いていましたし。遠い元町から自分と同じ中学に通っていたのも、元町のほうの学校で問題があったからだとも聞いていました。何らかの理由で派手に喧嘩をやらかして、それが元で集団から壮絶にいじめを受け。それでも彼女が負けん気でつっぱらかっていて、このままでは本当にどちらかの命に危険が及ぶと判断されて。遠い別の地区の、そしてそのいじめをしていた連中がたとえ彼女を追っかけてきても手を出してこれない学校に通うように市の教育委員会だかなんだかから手をまわされた、という事情も。ここまで細かい話はあとあとになって聞いたのですが、やはりなんとなく分かっていました。
学校の外で会えば、必ず「大杉ー」と自分に寄ってきてくれて。こんな見た目も性格も不細工極まりなく、しかもおこがましいことに「女に話しかけられるなど恥ずかしい、男の恥」などと思い始めていたわけのわからぬ男相手でも気さくに、なんの気兼ねもなく話しかけてくれたあの子は。当時はまったくもって分かりませんでしたが。心の芯から、深く優しい女の子だったのだなあと。いじめにも負けず、家の事情にもへこたれず、明るく快活に、元気に振舞う。素晴らしい女の子だったのだなあと。後になってから気がついたのでした。
友がみな……
数年前、気は進まなかったのですが。中学時代の同窓会に誘われて出席致しました。友がみな、我より偉く、見ゆる日よ。高校生のときの友人たちと違い、みなそれぞれがそれぞれの幸せをきちんと築けていたのを知ることができて、よかったなあと思いました。そして自分はその場にいる資格がないと逃げ出そうとしたところで。彼女と目が合いました。ほぼ当時そのまま。ちょっとだけふっくらしたかな、という程度。彼女の「あ!」という感じがみてとれたので、会釈だけして会場を裏口から逃げました。
後になって悪友のO君から話を聞いたところによると。彼女は県内の大きな市に結婚を機に移り住んで、いまは3人のお子さんがいらっしゃるとのこと。幸せそうだったかとO君に聞いてみると。幸せだと思うよ、と。そしていま大杉は何をしているのか、どこにいるのか聞かれた、と。「知らねえフリしといたけどね、そのほうがよかったんだろ」と。このO君。maruanのおじちゃん仰るところの「『ゼビウス』ヒエラルキー」が根本となる、ファミリーコンピュータの『ゼビウス』にまつわる『ゼビウス』事件という実に間抜けな出来事で周囲を混乱に陥れた馬鹿極まりない男ではありますが。こういうときは機転がきくんだなと思いました。
願わくば
もしあの子の、彼女のお子さんがたに。機会があれば。ぴゅう太を遊んでみてほしいなあと思います。あの頃、当時にして確信していたはずの自身の後ろ暗い人生が、かろうじてお天道さまの下を歩けるようになれたのも。立派になった友に合わせるツラがない、いまのてめえの状況を話せるほど俺は恥知らねえわけじゃねえと、男らしくもなく逃げ出してしまったけれど、それでもなんとかてめえの働きで飯はぎりぎり食えているというのも。それもこれも。ぴゅう太のおかげで大人の子どもに対する優しさを信じられるようになり。ぴゅう太あればこそ知り合えた人たちのありがたい助けがあり。そしてそのぴゅう太を楽しく遊んでくれたあんたがたのお母さんの笑顔があったからこそ、ぴゅう太という、そしてコンピュータゲームという、素晴らしき生きる指針を持つことに自信と確信を持てたのだと。お子さんがたに伝え申し上げたいと、これもまたおこがましくも、しかしいつかそういう機会があればいいなあと、ささやかながら望んでおります。
今回も稚拙な作文をお読み頂きありがとうございました。次回はレトロエクスプレス5号と、そこで行われたまじろあやさんのライブで歌って頂けた紅さん作曲まじろさん歌唱なるとさん設営のぴゅう太買えや節と、りゅうとくんたちの笑顔と楽しそうに遊ぶ声について作文申し上げます。またお目汚し願えれば幸いです。失礼致します。
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